目次

  1. 《第1章》男が女を待たせるカップル
  2. 《第2章》臼井茂、育毛に励む
  3. 《第3章》スキンヘッドの効能と、思わぬ副作用

「はぁ、はぁ……」

ぼくは走る。彼女の待つ、いつもの待ち合わせ場所へと。

男女の関係において、男が女を待たせるのはNGとされる。もちろんそれは分かっている。

考えてみると、逆に、女が男を待たせるのはOKと、そういう風潮がある。これはなんでだろう。

「はぁ、はぁ……」

あ、そうか。女は化粧に時間がかかる。服選びに時間がかかる。それを男がとがめるべきでないのは、それは当然だ。

だって、そうしたことは、より美しい女として男の前に現れるための努力なのであって、それで女が遅刻したとて、男にそれをとがめる権利は……

あ、ユミだ、やばい、怒ってる。

「また遅刻かよ! ちったあ学べよ! 女を待たせるんじゃねえよ!」

口の悪い彼女と、直らないぼくの遅刻

またしても彼女に口きたなくののしられてしまった。

何度繰り返したかわからないこのやり取り。ぼくが遅刻する、彼女が機嫌を損ねる。いつもそこからデートははじまる。

そう、ぼくたちカップルでは、遅刻はもっぱら男であるぼく。口の悪いぼくの彼女は、いつもきっちり5分前に来ている(と、本人はいう)。

なんで遅刻するんだよ、と、われながら思う。でも、どうしても遅刻してしまうのだ。

だって、支度に、時間がかかるんだもの……。

そんなこと言うと「男らしくない」と言われる。男ならパッパと用意しろ、「いつまでも洗面所、占拠してんじゃねえ!」……お泊り明け、彼女にぶーぶー言われるのもいつものことだ。

実際、なににそんなに時間がかかっているのかって? お教えしよう。

ガッチガチに髪を固める

そう、ぼくはスタイリングの鬼。スタイリングには徹底してこだわる。

そこらのオシャレ気どりは前髪とトップをちょろっといじって終わり。でもぼくは、サイドも後ろもおろそかにしない。

横から後ろから、髪の毛を集めて、ハードワックスでまとめる。さらにハードスプレーでガッチリ。

セットにはたっぷり20分はかける。それで気に入らなければ、洗い流して再度セット。やり直しに次ぐやり直しで、まる1時間かかることもザラだ。

……ぼくがこんなにガッチガチに髪をキメるのにはわけがある。

「薄毛」

薄毛が目立つのだ。

25歳くらいから額・つむじが薄くなりだし、それを隠すため、コッテコテに髪を固めるようになった。
35歳となった今は、当時に倍する量・種類のスタイリング剤を使っている。それだけこの間、薄毛が進んだということだ。

「おら、ぼさっとしてんじゃねえ、行くぞ!」

口のきたない彼女がぼくの腕を引く。まずは何かコンビニで、スイーツを買ってやらなければならない。遅刻した罰、というわけ。

ぼくたちのデートは、いつもペナルティから。

ほぼ毎日、十年にわたり、さまざまなスタイリング剤を試してきたぼく。

すべては薄毛を隠すためだった。でも、今となっては、認めざるを得ない。

薄毛を隠すためにしたスタイリング剤の厚塗りこそが、ぼくの薄毛の進行に拍車をかけてしまった、と。

薄毛専門のクリニックを訪れる

薄毛の悩みを打ち明けている唯一の友人・トモカズにすすめられて、ある日ぼくは薄毛治療専門のクリニックというのを訪れた。無料検診を受けられるというので。

そこでお医者さんに言われてしまった。

「アナタ、頭皮が荒れているわね」

200倍のマイクロスコープ(顕微鏡)とやらで頭皮を大映しにされ、そう言われた。

(屈辱的なことに、その場にはトモカズも立ち会っていて、親も知らないぼくの頭皮の秘密を、まざまざと見られてしまった……)

ともかく、ぼくは決心した。もう薄毛を「隠す」ばかりではダメだ。薄毛を「治す」努力をしないと

このままだと、ぼくの頭皮が……

健全な魂は健全な肉体に宿る、とかいう。荒れた頭皮には荒れた思考が巣食うだろう。思考が荒れると動作も荒々しくなる。ぼくの大事な彼女にもやさしい振る舞いができなくなる…

…彼女にきらわれたぼくは35にして路頭にまよう、デートクラブに通ってお金を巻き上げられる、借金をこさえて親に泣きつき、果ては勘当される、もうこれしか手段がないとて、出刃包丁手に銀行に押し入る…

そうならないように、薄毛を「治す」努力をしよう。スタイリング剤の使用もなるべく控える。彼女と会うとき以外の外出は、なるべく帽子をかぶるようにしよう……

ぼくの育毛ライフがはじまった。

育毛チャレンジ

育毛剤は「頭皮環境を整える」もの。荒れた頭皮をいたわり、「今生えている毛を丈夫に抜けにくくする」ものだそうだ。これを朝晩二回、頭皮に塗布する。

育毛剤の効きめが実感できるように、れいの友人・トモカズに協力をあおいだ。定期的に頭頂部の写真を撮ってもらい、経過を定点観測。

その一方で、「脱・スタイリングの鬼」作戦。
やはりスタイリング剤の多用が頭皮にダメージを与えているとおぼしいので、その使用量を少なくするべく、思い切って、髪を短く切った

《短髪》の思わぬ効能

幸い、彼女の評判は上々。

「いーじゃん、短髪、似合うよ!」

短髪だと薄毛が目立つと思っていたのだが、案外、そうでもなかった。

髪が短くなり、スタイリングにさほど時間がかからなくなると、自然、遅刻も減った。
あるときなど、ぼくが時間きっちりに約束の場所に着いてみると、彼女の姿がない。

「おい、なんだよ、もう着いてんじゃねーかよ!」と、口の悪い彼女が姿を見せたのは、待ち合わせ時刻を5分も過ぎたころ。

がさつな口ぶりの割に、彼女はなんだかうれしそう。ペナルティと称して、肉まんを奢らせてやった。はじめてのパターンだ。

時は流れて……

短髪、軽めのスタイリング、そして朝晩の育毛剤。

こうした生活を1年ばかり続けた。

第20回、育毛会議

ぼくとトモカズの、隔週水曜の「育毛会議」。その第20回にて、ぼくらが出した暫定的結論はこうだ。

  • 頭皮環境は「改善した/しつつある」

しかし、

  • 「薄毛が改善した」とは、どうひいき目に見ても言えない。

「育毛剤って、毛生え薬じゃないんだな……」

「どうやらそうらしい」

「思えばこの1年、いろいろやったな。育毛剤以外にも」

「そだな。『髪に良いとされる食生活』とかな」

「あったな、亜鉛サプリとかな。……あのさ、いろいろやったけど、結局、どれが一番、薄毛対策として効果的だった?」

トモカズのこの問いかけに、ぼくはしばらく考えて、

「うーん……結局、髪を短く切ったこと、かな」

自分でも意外な答えだった。

でも実際、この1年でいちばん画期的だった出来事って、短髪にしたことだ。あれでスタイリング剤の使用量も激減したし、気持ちも上向き、さらにいうと、彼女との関係も深まった気がする。

「あ、いいこと思いついた」とトモカズ。
「いっそのこと、スキンヘッドにすれば? そしたらもうハゲかどうかなんて関係ないじゃん」

「え……!?」

ぎょっとする提案だった。ぼくがスキンヘッドになるなんて、そんなこと考えたこともない。

いやいや、悪いがその案は却下だ。スキンヘッドなんて、「アホの坂田」じゃあるまいし、第一そんな髪型、ユミが許すわけが……

ぼくは彼女の顔を思い浮かべた。口の悪いぼくの彼女。

「……あいつなら、案外気に入るかもしれないな」

「よし、刈れ!」

ぼくはバスチェアに腰かけたまま、鏡の中のトモカズに命じた。友の手にはバリカン。

「行くぞ。うらみっこなしだぞ」

背後から駆動音が近づく、あ、入った。ぞりぞりぞり……削られていく。刈り取られていく。

友はバリカンを縦横無尽に動かし、ぼくの頭をみるみる丸めていく。パサリ、パサリと、浴室の床に毛束が落ちる。

髪という字には『長い』という字と『友』という字が含まれている。ぼくの長い友だち。今までありがとう。……サヨナラ。

ぼくのこんな感傷をよそに、ふと見ると、鏡の中の友はニヤニヤしている。

「おい、どうした」

「キモチイイ……」

毛をばっさばっさ刈っていくのが快感なのだそうだ。まったく、いい気なもんだよ。

仕上げのカミソリも済み、ついにぼくはスキンヘッドになった。

……自分でこれをどう評価するか、ということは、今はいったん置いておこう。

大事なのは、これを彼女がどうとるかだ。

ぼくはLINEで報告した。写真を添付し、コメントは一言、

「こんなんなりました」

返事を待つ。

トモカズも画面を覗き込んでくる。

待つことしばし……

やってきた返事はこちらのスタンプ。

こうしてぼくは、ひとまず、薄毛の悩みを解消した。

  • 地肌が露出してしまっている人
  • つまり、ハゲている人

かつてのぼくは、こうだった。それが今や、どう変わったか。

  • 自らの意思で、地肌を露出させている人
  • つまり、ハゲているわけでは(多分)ない人

そう、ぼくは今や、薄毛では(多分)ない人なのだ。

ぼくは薄毛に勝った。ぼくは薄毛を克服したのだ!

エピローグ~その後のぼくと彼女~

ぼくと彼女の関係は、その後も順調に続いている。

口の悪い彼女はぼくのスキンヘッドがいたく気に入ったらしく、ぺちぺち叩いたり、撫でまわしたり。

これが何かの広告で、ぼくが「体験者Aさん」ででもあったなら、「スキンヘッドにしたおかげで、スキンシップが増えました」などと、寒いジョークで〆るところだ。

小一時間のスタイリングで、毎度待ち合わせに遅刻していったのも過去の話。

デートにおけるペナルティ制も、ひとまず廃止された。

互い、それとなく「結婚」という未来を、口にする機会も増えた……。

ただひとつ、新たな悩みが生まれた。

このブルース・ウィリスな髪型のせいで、最近よく「おじいちゃん」に間違われるのだ。

近所の公園を通りかかったとき、道にボールが転がってきた。拾い上げ、駆け寄ってきた女の子に渡そうとして、

「ありがとう、おじーちゃん!」

そんなに老けて見えるだろうか…? 今度はトモカズと、「若返り会議」を開かなければならないか…。

まったく、髪型選びはラクじゃない。


ヘアラボドラマ シリーズは、読者様のリアルな体験談をもとにしたフィクションです。

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